「心つないで(Herzen verbinden)」・4(ラスト)
・
●4
あれから一度も鶴紗と会う事は出来ず
伝えられなかった日時を確かめる術は無かった。
仕方なく、行ける時間があれば毎日通っていたけれど
一向にその場所に鶴紗は現れず
まず私は場所から勘違いしてしまったんじゃないかと
自分の直感を疑う日々を過ごしていた。
約束を交わしてもう半月も経とうとしていた。
毎日を悶々と過ごしている内に
とうとう夜も深く眠れなくなった今夜。
目が冴え過ぎて頭もはっきりしてしまい
どうせ眠れないならと一人、夜の散歩と洒落込むことにした。
雲一つ無く、地上を煌々と照らす月光の明かりは
想像以上に周囲を明るく照らしていた。
軽々と障害物を飛び越えて、縮地で私は心のまま跳ね回った。
夜のひんやりとする空気が気持ち良い。
こんなに気分の良いものだとは知らなかった。
どうせならあいつと……鶴紗と一緒に居たかったな。
そう思いつつ、誰も居るはずの無い約束の場所を通り過ぎようとすると
見覚えのある木に寄り掛かり、月光を浴びて佇む影が一つ。
鶴紗だった。
普段から白い肌は、月光の青白い光を反射して
更に白く、美しく見える。
その姿に、縮地を止め立ち尽くし、魅入っている私に気付いて
一瞬ピクリと反応した後、私の方をゆっくり向く鶴紗の
紅く光る瞳が私を射抜いて……心をすっかり奪われてしまった。
「遅い」
「……え?」
「ずっと待ってた」
「そ、そっかゴメンな。でもな鶴紗、お前約束の日時を言って……」
「言わなくても、いつかこうして会えると思ってた。
やっと会えた、嬉しい」
瞳の輝きを細めて、微笑を浮かべて私を見ている。
あまりの美しさに私は無意識に固唾を飲んだ。
「今日は月が綺麗だ」
「うん……ホント綺麗だな」
もちろん、お前が。
「まいは月夜の散歩?」
「そんなトコだ。まさか鶴紗が居るとは思わなかったけどな」
「私は……そもそも深く眠れないから」
「……だったな」
常に周囲の警戒を怠れない生活を送っていれば
どうしたってそうなってしまうだろう。
まるで野生動物の様だな……
「ねえ、まい?」
「ん?」
「何がそんなに怖いの?」
やっぱり、見透かされている。
たった一言の台詞でそれがすぐに分かった。
でも……自分の中の、モヤモヤした、過去に囚われた気持ちを
どう上手く伝えたら良いのか。
思考して立ち尽くしている私に
鶴紗がこちらに来いと、可愛く手招きをした。
招かれるまま私はゆっくりと近付いて鶴紗の横に立ち
少し緊張しながら、同じ木に背を預けた。
「……暗闇の中なら、話し易いかと思って。
まさかこんなに、月明かりが眩しい日に会うとは思わなかったけど」
「鶴紗、お前……って、えっ!?」
「……まい、声大きい。耳痛い」
気が付けば、隣に居る鶴紗から伸びた腕が
私の手を取り、指を絡ませて握り合わされていた。
流れるように、ごく自然に、当たり前の様に。
私も、拒否などする間も無く、それを受け入れてしまっている。
握られた手の平は、ほんの少し汗ばんで、そしてとても……温かかった。
「こう、したかったんじゃないの?」
「したかった、したかったけど、鶴紗は良いのか?」
「拒否する理由が無い。
私は、まいが……き、なんだから」
呟くような声で、肝心な所が聞き取れなかったけれど
月光の青白い光の下でも、頬や耳の赤みは分かる。
多分私も鶴紗に負けない位、同じ様子になっていると思う。
あんなにも遠かった手が、私の手の中にある。
易々と、私の想いも躊躇も不安も、何もかもを
軽々と飛び越えてお前の手は私を丸ごと包むんだ……
「あの時、あんなに嬉しそうにしてたまいは
一体どこに行ったんだ」
「……ごめんな。私も……
引き摺ってたつもりは無かったんだけどな」
「……そうか」
握る手にきゅっと少し力を込められた。
「私じゃ……駄目なのかと思った」
更に小さくなった声で鶴紗は呟く。
まさかの台詞に驚いて、私は目を見開き、鼓動は早くなる。
鶴紗をここまで不安にさせていた事に
自分の事で精一杯だった私はそれに気付けなかった事に怒りすら覚えた。
繋いだ手を一度離し、鶴紗の身体を優しく引き寄せて
片腕で細い背を抱き締め、もう片方の手を握り直した。
あの日、鶴紗から気持ちと言葉を貰えた時から今迄
こうして触れる事さえ無かった。
その柔さ、温もり、そして予想外に逸る鼓動を鶴紗から感じながら
その首筋に私は顔を埋めた。
「ダメなんてあるか、私には過ぎた相手だ」
「……夢結様より?」
直球が飛んで来る。
けれど。
勿論だ、そう言った所で鶴紗が納得するだろうか。
今はそんな事よりも。
「そんなのどうでも良い」
「どうでも良い、って……」
「なあ鶴紗。
鶴紗は私とどうなりたい?どうして欲しい?」
恋仲と言っても、相手とどう在りたいかは人それぞれだ。
私には私の、鶴紗との理想の形や希望はある。
わざわざ語らない鶴紗の気持ちが、少しでも分かれば。
そう思い切って尋ねてみると
「……まいの笑顔が好きだから、笑っていて欲しい。
一緒に居るだけで嬉しい。
私はまいを……一人占めしたい」
「あ……」
もっと抽象的に答えて来ると思っていた。
そこまで自分が想われているなんて思ってもみなかった。
どんどん体中が紅潮して来るのが分かる。
多分、鶴紗にもこの熱が伝わってしまう程に。
「まいはやっぱり温かい。あの日もそうだった。
まいがここで抱き締めてくれた時……本当に嬉しかったんだ。
生きてて良かったなんて言われた事が無い。
あんな馬鹿で優しい事をする人を、私は他に知らない」
「ばか?」
「でしょう?一緒に血塗れになるような人、居ないと思う」
「そうしたくなったんだから、しょうがないだろ」
「だから……好き、なんだと思う」
鶴紗は嘘を言わない。
直感でそれは分かるし、だからこそその言葉は心地良い。
「まい」
声色に少し変化を付けて名を呼ばれ。
「もしもまいが、私に触れられなくなったなら」
私の腰に回している腕に少しずつ力を入れ
ゆっくりと抱き包められて。
「私がまいを、包むから」
至近距離から緋色の瞳に、その視線に射貫かれれば。
「だから」
鶴紗を、大切な人を。
自分がどう扱ったら、触れたら良いのか分からない。
そんな事はもうどうでも良い。
「「傍に、居て欲しい」」
同じ言葉が2人の吐息から放たれた時、漸く分かった。
独りよがりの怖さや迷いなんか、遥か彼方に放り投げてしまえ。
考えるより先に鶴紗を抱き上げ
心のままに縮地でお前と2人、跳ね回った。
最初は驚いているだけの鶴紗だったけれど
涼やかな風を切って飛び回る内に
どんどんと柔らかく、嬉しそうな表情に変化していく。
私の首に回した腕は
驚きからの力任せから、信頼を込めた柔さに変わっていく。
ああ。
この温もりは私だけのモノなんだ。
嬉しくて幸せ過ぎて、時の経つのも忘れて2人きり。
……ああ、そう言えば。
「これ、デートで良いんだよな?」
すぐ傍に在る鶴紗の耳元で伺うと
「強引だけど、そう、なんじゃない?」
「そっか」
大いに笑い合う私達。
ひとしきり疾風の中笑いあった後
見晴らしの良い丘で足を止めた私の
頭を手繰り寄せて、今度は私の耳元で
「まいが、好き」
ほんの軽いリップ音と共に、綺麗な音色が鼓膜を揺らす。
私達を眩しく照らす月の光から伸びた影は
そうして私達と共に、ゆっくりとまた重なった。
私がずっと求めてやまずに、でも諦めてしまった
『愛おしさ』が今、自分の眼前に、腕の中にある。
こんな奇跡、あって良いのか。
私なんかが手に入れて、良いのだろうか。
そんな迷いはまだ心の奥底に在るけれど
私の愛しい者は奇跡と共に、今この手の中に在る。
抑え込み続けた愛情の行方を
お前は私に指し示してくれたから。
ここからちゃんと、『私達の恋』を始めよう。
●fin.
●●
あとがきは別記事で。
お疲れ様でした。
結城かなた
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あれから一度も鶴紗と会う事は出来ず
伝えられなかった日時を確かめる術は無かった。
仕方なく、行ける時間があれば毎日通っていたけれど
一向にその場所に鶴紗は現れず
まず私は場所から勘違いしてしまったんじゃないかと
自分の直感を疑う日々を過ごしていた。
約束を交わしてもう半月も経とうとしていた。
毎日を悶々と過ごしている内に
とうとう夜も深く眠れなくなった今夜。
目が冴え過ぎて頭もはっきりしてしまい
どうせ眠れないならと一人、夜の散歩と洒落込むことにした。
雲一つ無く、地上を煌々と照らす月光の明かりは
想像以上に周囲を明るく照らしていた。
軽々と障害物を飛び越えて、縮地で私は心のまま跳ね回った。
夜のひんやりとする空気が気持ち良い。
こんなに気分の良いものだとは知らなかった。
どうせならあいつと……鶴紗と一緒に居たかったな。
そう思いつつ、誰も居るはずの無い約束の場所を通り過ぎようとすると
見覚えのある木に寄り掛かり、月光を浴びて佇む影が一つ。
鶴紗だった。
普段から白い肌は、月光の青白い光を反射して
更に白く、美しく見える。
その姿に、縮地を止め立ち尽くし、魅入っている私に気付いて
一瞬ピクリと反応した後、私の方をゆっくり向く鶴紗の
紅く光る瞳が私を射抜いて……心をすっかり奪われてしまった。
「遅い」
「……え?」
「ずっと待ってた」
「そ、そっかゴメンな。でもな鶴紗、お前約束の日時を言って……」
「言わなくても、いつかこうして会えると思ってた。
やっと会えた、嬉しい」
瞳の輝きを細めて、微笑を浮かべて私を見ている。
あまりの美しさに私は無意識に固唾を飲んだ。
「今日は月が綺麗だ」
「うん……ホント綺麗だな」
もちろん、お前が。
「まいは月夜の散歩?」
「そんなトコだ。まさか鶴紗が居るとは思わなかったけどな」
「私は……そもそも深く眠れないから」
「……だったな」
常に周囲の警戒を怠れない生活を送っていれば
どうしたってそうなってしまうだろう。
まるで野生動物の様だな……
「ねえ、まい?」
「ん?」
「何がそんなに怖いの?」
やっぱり、見透かされている。
たった一言の台詞でそれがすぐに分かった。
でも……自分の中の、モヤモヤした、過去に囚われた気持ちを
どう上手く伝えたら良いのか。
思考して立ち尽くしている私に
鶴紗がこちらに来いと、可愛く手招きをした。
招かれるまま私はゆっくりと近付いて鶴紗の横に立ち
少し緊張しながら、同じ木に背を預けた。
「……暗闇の中なら、話し易いかと思って。
まさかこんなに、月明かりが眩しい日に会うとは思わなかったけど」
「鶴紗、お前……って、えっ!?」
「……まい、声大きい。耳痛い」
気が付けば、隣に居る鶴紗から伸びた腕が
私の手を取り、指を絡ませて握り合わされていた。
流れるように、ごく自然に、当たり前の様に。
私も、拒否などする間も無く、それを受け入れてしまっている。
握られた手の平は、ほんの少し汗ばんで、そしてとても……温かかった。
「こう、したかったんじゃないの?」
「したかった、したかったけど、鶴紗は良いのか?」
「拒否する理由が無い。
私は、まいが……き、なんだから」
呟くような声で、肝心な所が聞き取れなかったけれど
月光の青白い光の下でも、頬や耳の赤みは分かる。
多分私も鶴紗に負けない位、同じ様子になっていると思う。
あんなにも遠かった手が、私の手の中にある。
易々と、私の想いも躊躇も不安も、何もかもを
軽々と飛び越えてお前の手は私を丸ごと包むんだ……
「あの時、あんなに嬉しそうにしてたまいは
一体どこに行ったんだ」
「……ごめんな。私も……
引き摺ってたつもりは無かったんだけどな」
「……そうか」
握る手にきゅっと少し力を込められた。
「私じゃ……駄目なのかと思った」
更に小さくなった声で鶴紗は呟く。
まさかの台詞に驚いて、私は目を見開き、鼓動は早くなる。
鶴紗をここまで不安にさせていた事に
自分の事で精一杯だった私はそれに気付けなかった事に怒りすら覚えた。
繋いだ手を一度離し、鶴紗の身体を優しく引き寄せて
片腕で細い背を抱き締め、もう片方の手を握り直した。
あの日、鶴紗から気持ちと言葉を貰えた時から今迄
こうして触れる事さえ無かった。
その柔さ、温もり、そして予想外に逸る鼓動を鶴紗から感じながら
その首筋に私は顔を埋めた。
「ダメなんてあるか、私には過ぎた相手だ」
「……夢結様より?」
直球が飛んで来る。
けれど。
勿論だ、そう言った所で鶴紗が納得するだろうか。
今はそんな事よりも。
「そんなのどうでも良い」
「どうでも良い、って……」
「なあ鶴紗。
鶴紗は私とどうなりたい?どうして欲しい?」
恋仲と言っても、相手とどう在りたいかは人それぞれだ。
私には私の、鶴紗との理想の形や希望はある。
わざわざ語らない鶴紗の気持ちが、少しでも分かれば。
そう思い切って尋ねてみると
「……まいの笑顔が好きだから、笑っていて欲しい。
一緒に居るだけで嬉しい。
私はまいを……一人占めしたい」
「あ……」
もっと抽象的に答えて来ると思っていた。
そこまで自分が想われているなんて思ってもみなかった。
どんどん体中が紅潮して来るのが分かる。
多分、鶴紗にもこの熱が伝わってしまう程に。
「まいはやっぱり温かい。あの日もそうだった。
まいがここで抱き締めてくれた時……本当に嬉しかったんだ。
生きてて良かったなんて言われた事が無い。
あんな馬鹿で優しい事をする人を、私は他に知らない」
「ばか?」
「でしょう?一緒に血塗れになるような人、居ないと思う」
「そうしたくなったんだから、しょうがないだろ」
「だから……好き、なんだと思う」
鶴紗は嘘を言わない。
直感でそれは分かるし、だからこそその言葉は心地良い。
「まい」
声色に少し変化を付けて名を呼ばれ。
「もしもまいが、私に触れられなくなったなら」
私の腰に回している腕に少しずつ力を入れ
ゆっくりと抱き包められて。
「私がまいを、包むから」
至近距離から緋色の瞳に、その視線に射貫かれれば。
「だから」
鶴紗を、大切な人を。
自分がどう扱ったら、触れたら良いのか分からない。
そんな事はもうどうでも良い。
「「傍に、居て欲しい」」
同じ言葉が2人の吐息から放たれた時、漸く分かった。
独りよがりの怖さや迷いなんか、遥か彼方に放り投げてしまえ。
考えるより先に鶴紗を抱き上げ
心のままに縮地でお前と2人、跳ね回った。
最初は驚いているだけの鶴紗だったけれど
涼やかな風を切って飛び回る内に
どんどんと柔らかく、嬉しそうな表情に変化していく。
私の首に回した腕は
驚きからの力任せから、信頼を込めた柔さに変わっていく。
ああ。
この温もりは私だけのモノなんだ。
嬉しくて幸せ過ぎて、時の経つのも忘れて2人きり。
……ああ、そう言えば。
「これ、デートで良いんだよな?」
すぐ傍に在る鶴紗の耳元で伺うと
「強引だけど、そう、なんじゃない?」
「そっか」
大いに笑い合う私達。
ひとしきり疾風の中笑いあった後
見晴らしの良い丘で足を止めた私の
頭を手繰り寄せて、今度は私の耳元で
「まいが、好き」
ほんの軽いリップ音と共に、綺麗な音色が鼓膜を揺らす。
私達を眩しく照らす月の光から伸びた影は
そうして私達と共に、ゆっくりとまた重なった。
私がずっと求めてやまずに、でも諦めてしまった
『愛おしさ』が今、自分の眼前に、腕の中にある。
こんな奇跡、あって良いのか。
私なんかが手に入れて、良いのだろうか。
そんな迷いはまだ心の奥底に在るけれど
私の愛しい者は奇跡と共に、今この手の中に在る。
抑え込み続けた愛情の行方を
お前は私に指し示してくれたから。
ここからちゃんと、『私達の恋』を始めよう。
●fin.
●●
あとがきは別記事で。
お疲れ様でした。
結城かなた
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