「Geborgenheit」●5(鶴紗視点)ラスト








●5






窓から差し込む朝日の光で目を覚ますと
隣で梅様が幸せそうに少し背を丸めて至近距離で寝ていた。
昨夜の記憶が曖昧で、殆ど覚えていなかった事に加え
何故か2人共下着姿……私は静かにキレた。

「何もしてない、誤解だ」

という弁明に聞く耳など持てるはずもなく
傍に掛けてあった、昨夜着ていた服を
千切らんばかりの勢いで取って投げ、部屋から追い出した。





後に、単に服がシワになったら困るだろうからと
どうにか脱がしてハンガーに掛けて置いてくれたのだと判明し
数日経った今、平謝りする私がこの集会場に居る。








「信用無いんだな梅は」

「……そういう意味では無いかもしれない」

「謝ってんだか貶してんだか、どっちなんだ」


ぶーぶーと、子供の様に頬を膨らませて
いつものように芝生にぺたりと座ったまま
近くの猫達を二匹、両手で器用に相手している。
その片手に残る傷跡に巻かれた包帯を見て、チクリと胸が痛んだ。


「好きだからって同意ナシで手を出すわけないだろ」

「だから、何度もごめんって……」

「ま、良いけどな。
 なぁ鶴紗、その分だとあの日の記憶、無いんじゃないか?」

「……正直、眠くなってからはあまり」

「だろうな。ま、良いけどさ」


急激な睡魔に襲われた後は本当に、殆ど覚えていない。
幸せな夢を見ていたような気がするだけで
どうせそれも曖昧な夢なんだろうと思っている。


「もしかして私は、あの後梅様にまだ何かした?
 更に暴れて怪我させていたとか?」

「いや?ぐっすり寝てただけだぞ」

「良かった」

「……良いやら悪いやら」


見ると、梅様は頬を指でポリポリと掻きながら
妙に照れくさそうに遠くを見ていた。


「梅も、あれは理想の夢でも見てたんだと思う事にする」

「夢?」

「いいから。全部忘れろ、鶴紗」

「わすれ、ろ……?ああ、記憶の最後に梅様が言ってた台詞……」



何か薄ぼんやり思い出して来たような……


――――あ、れ?


無意識に、思考する為に自分の唇に触れた指の感触で
……もっと柔らかい何かに触れた記憶を思い出した。
梅様を見ると、同じように自分の唇に指を当てて
微妙な表情をして猫達を見ている。



……………あ!



忘れたくないと願った『好き』を今、完全に思い出した私は
その途端、鼓動が激しくなり、頭部に全ての血流が集まって熱を帯び
湯気が出そうな程に全てを真っ赤にさせて
ふらつきながらしゃがみ込んでしまった。


「お、おい鶴紗、大丈夫か!?」

「……あれ、夢じゃ無かった、のか?」


少し涙目になった視線を梅様に向ける。
見れば梅様もどんどん耳も頬も真っ赤になっていって、視線をふいと外した。
それを見て、あれはやはり夢では無かったのだと確信した。


「夢、じゃあ無いと思う、ぞ」

「そう、か」


もう誤魔化し切れない。
いや、誤魔化すつもりは無かったけれど……


「でもまぁ、鶴紗はおかしかったんだからしょーがないんじゃないか?」

「え?」

「気が動転してて、思ってもみない行動する時もあるだろ」


そう苦笑いをして、また猫達を構い始めた。
流石にニブい梅様にも少しは伝わっただろうと思ったのに
この期に及んでこの人はまだ、自分に向けられる想いを
受け取る気が無いらしい。


うん、ちょっと待て。いい加減にしてくれ。
今度は照れで上っていた血が、怒りで沸騰しそうになる。
……はっきりと伝えていない自分の事は置いておいて。


「ああもう!幾らニブいあんたにだって分かるだろ!?
 いい加減にしろ、まい!」

「ひゃいっ!?」

「……あっ!」


怒りの勢いで我を忘れた上に、先輩を呼び捨てにするという大失態。


「……『まい』?」

「ご、ごめん、勢いで……」


確かに私はタメ口を良くきいてしまうけれど
流石に呼び捨ては駄目だろうと反省して謝った。
ところが梅様を見ると、目を細めて嬉しそうに私を見ている。
……そこは怒る所じゃないのか?


「なぁ、鶴紗」

「はい、センパイ……」

「んなコトは良いから。
 お前の気持ち、梅に全部くれ。鶴紗の言葉で」


嬉しそうに微笑んで、私に向かって腕を目一杯伸ばして待っている。
私は誘われるまま、おずおずと近付いて腕の中に入り
まだ面と向かって正直に言葉を伝えるのは恥ずかしいから
座っている梅様の頭を、立膝の状態になって胸の中にゆっくり抱き入れた。
梅様の腕は、腰にふんわり優しい力で置かれている程度だった。


「……忘れるつもりなんか無かった、ごめん」

「しょうがないさ、あんな状況だったしな」

「ずっと逃げてたのもごめん。
 気持ちを言葉でちゃんと伝える自信、無かったから」

「寂しかったぞ、嫌われたと思ったからな」

「それであの日、窓から来たの?」

「違う。昼間の様子が少しおかしかったから様子見に行ったんだ。
 どうせ鶴紗の事だから鍵掛けてると思ってダメ元で窓から、な」

「……ありがとう。
 あの状態になって、ぐっすり眠れたのは初めてだった」

「うん。それで……?」


頭を上げて、私を至近距離で真っ直ぐ見上げる梅様。
潤んで綺麗に光る翡翠色の瞳が、私の言葉を待っている。
照れくさくて、そんな目で見ないで欲しいと思う気持ちと
その綺麗な瞳でずっと私を見て欲しいと思う気持ちが混ざり合う。


私が、自分などに向けられた想いを掴みに行っても良いのか。
そんな疑問も自信の無さも、全てが真っ直ぐなあなたの前で消え失せる。
ああ、私は本当に、あなたが……


「私は、梅様が」


そう言った所で
梅様の人差し指がそっと、私の唇から言葉を止める。


「『まい』で良い。もっと私の心の傍に来てくれ」

「私は……まいが。まいが、好き」

「……っ!」


言うや否や、私を引き寄せ、力一杯抱き締められた。
締められる身体の心地良さが堪らない。
届く範囲、私の顔中に軽くだけれど口付けて来て擽ったい。
熱い頬と、柔らかい感触を感じる度に想いは増して行く。

まいが嬉しいなら私も嬉しい。
明るくて眩しい世界を与えてくれるあなたと
この一瞬でも良いから……


「好きをくれて、ありがとう」


そう伝えて。
あなたの頬を両手で包み……呼吸を忘れた。
夢心地で覚えていた柔らかさの、それ以上の現実が有った。

あなたと私の心が、『好き』で繋がる。




たとえこれが永遠で無くても、今だけは。
あなただけを想う私で居たい、そう願った。













●余談







『まいが努力するはずだったのに、私が無駄に努力してる気が……』

「そーかもな。ま、結果オーライだろ。
 でもアレだな、鶴紗がこんな情熱的だとは思わなかったゾ」

『情熱的?』

「キスの事」

『……え?
 猫には いつもしてるから……好きなものにするのは普通じゃないのか?』

「誰が教えたそんなコト。有り難いけどなっ」

『猫。口を付けたり、いっぱい舐めてくれる。嬉しい』

「……急に猫に嫉妬心が出て来たゾ」

『何を馬鹿な……多分、まいの方が猫より、好き、だと思……

「たぁづさぁぁぁ~~~」

『ちょっ!調子に乗るなっ!苦し……っ』

「じゃあじゃあ!いつ続きをしても良いってコトだよなっ」

『続き……まいは、何かしたいの?』

「う……そんな真っ直ぐ見て言うな。まぁおいおいと、だな……」

『……なんか可愛い』

「うぐっ……調子狂うゾ」












●●fin.












以上です。
あとがきは後で別記事にて。





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